こと、それは文学として成立たないやうに思はれるけれども、我々の生きる道にはどうしてもそのやうでなければならぬ崖があつて、そこでは、モラルがない、といふこと自体がモラルなのだ、と。
晩年の芥川龍之介の話ですが、時々芥川の家へやつてくる農民作家――この人は自身が本当の水呑百姓の生活をしてゐる人なのですが、あるとき原稿を持つてきました。芥川が読んでみると、ある百姓が子供をもうけましたが、貧乏で、もし育てれば、親子共倒れの状態になるばかりなので、むしろ育たないことが皆のためにも自分のためにも幸福であらうといふ考へで、生れた子供を殺して、石油缶だかに入れて埋めてしまふといふ話が書いてありました。
芥川は話があまり暗くて、やりきれない気持になつたのですが、彼の現実の生活からは割りだしてみようのない話ですし、いつたい、こんな事が本当にあるのかね、と訊ねたのです。
すると、農民作家は、ぶつきらぼうに、それは俺がしたのだがね、と言ひ、芥川があまりの事にぼんやりしてゐると、あんたは、悪いことだと思ふかね、と重ねてぶつきらぼうに質問しました。
芥川はその質問に返事することができませんでした。何事にま
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