ましものを――つまり、草の葉の露を見てあれはなにと女がきいたとき、露だと答えて、一緒に消えてしまえばよかった――という歌をよんで、泣いたという話です。
 この物語には男が断腸の歌をよんで泣いたという感情の附加があって、読者は突き放された思いをせずに済むのですが、然し、これも、モラルを超えたところにある話のひとつでありましょう。
 この物語では、三年も口説いてやっと思いがかなったところでまんまと鬼にさらわれてしまうという対照の巧妙さや、暗夜の曠野《こうや》を手をひいて走りながら、草の葉の露をみて女があれは何ときくけれども男は一途《いちず》に走ろうとして返事すらできない――この美しい情景を持ってきて、男の悲嘆と結び合せる綾《あや》とし、この物語を宝石の美しさにまで仕上げています。
 つまり、女を思う男の情熱が激しければ激しいほど、女が鬼に食わるというむごたらしさが生きるのだし、男と女の駈落のさまが美しくせまるものであればあるほど、同様に、むごたらしさが生きるのであります。女が毒婦であったり、男の情熱がいい加減なものであれば、このむごたらしさは有り得ません。又、草の葉の露をさしてあれは何と女
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