文学と国民生活
坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)磔《はりつけ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)日本|切支丹《キリシタン》

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)わざ/\
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 パヂェスの「日本|切支丹《キリシタン》宗門史」だとか「鮮血遺書」のやうなものを読んでゐると、切支丹の夥しい殉教に感動せざるを得ないけれども、又、他面に、何か濁つたものを感じ、反撥を覚えずにゐられなくなるのである。
 当時は切支丹の殉教の心得に関する印刷物があつたさうで、切支丹達はそれを熟読して死に方を勉強してゐた。潜入の神父とか指導者達はまるで信徒の殉教を煽動してゐるやうな異常なヒステリイにおちてをり、それが第一に濁つたものを感じさせる。
 切支丹は抵抗してはいけない掟であるから、捕吏に取囲まれたとき、わざ/\大小を鞘ぐるみ抜きとつて遠方へ投げすてゝ捕縄されたなどゝいふ御念の入つた武士があり、かういふものを読むと、その愚直さにいたましい思ひをよせられ、やりきれない思ひになる。
 然し、彼等の堂々たる死に方には実際感動すべきものがあるのであつて、始めのころは斬首や磔《はりつけ》であつたが、その立派な死に方に感動して首斬りの役人まで却つて切支丹になる者がある始末、そこで火炙りを用ひるやうになり、それも直接火をかけず、一間ぐらゐ離れた所から灸るやうにし、縄目をわざと弛めておいた。といふのは、彼等が見苦しく逃げ廻つたりすることの出来る余地を与へるわけで、見物にまぎれて刑場をとりまいてゐる信徒達に彼等の敬愛する先輩達の見苦しく取りみだした様をみせつけて改宗をうながすよすがにするためであつた。この火炙りにかゝると一時間から三四時間生きてゐるのが普通であつたが、見苦しく取りみだして逃げ廻つたりするのは極めて稀れで、大概は身動きもせず唯一念に祈念の声を放ちつゞけて堂々と死に、その荘厳さに見物人から多数の切支丹になる者が絶えなかつた。結局二十年目に穴つるしといふ刑を発明したが、手足を縛して穴の中へ逆さに吊すのださうで、これにかゝると必ず異様滑稽なもがき方をするのがきまりで、一週ぐらゐ生きてゐるから、見物人もウンザリして引上げてしまふ。苦心二十年やうやく切支丹の死の荘厳を封じることが出来、その頃から切支丹がめつ
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