。私ね。今夜はとてもお酒のみたいのよ。酔いたいわ。お母さんにナイショでね」
「それは分ってくれますよ。じゃア今夜は乾杯しましょう。うれしいですね」
 そして二人は飲んだのである。
「小森ヤツ子サン!」
 信二がまた妖しい呼びかけを発したときに、ヤツ子の応答は一変していた。
「エエ」
 とてもやさしい返事をして、色気が全身をくねらせたのである。

          ★

 翌朝、信二の家に青年団の幹部男女三十名が集って、文化祭決算が行われたのでヤツ子はつくづく呆れてしまった。
 各人分担の入場券五千枚のうち売れ残りが三千六百余枚。つまり千四百枚も売れているのである。幹部連、そのうち六割は自分のモウケにして四割提出と密約を結んできたフシがあった。ところが四割だした者は何人もいない。
「実にハヤ、料金の回収不良でして、今までに手もとに集ったのが、わずかに八枚ぶん。イヤハヤ、ザンキにたえません。実に諸氏の尊顔を拝するのも心苦しいのですが、これひとえに農村不況の致すところでありまして、流汗リンリ、ゴカンベン下さい」
 四十八枚売ったうち、たった八枚ぶん差しだした豪の者もいる。平均して三割に足ら
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