い夜で、手さぐりでしか歩けない。手さぐりの速力では一町に一時間もかかるから、セッパつまった信二は思いきって四ツ這いになった。這う方がどれだけ確かで速いかわからない。七八丁の長距離を這い通して、ついに人家の明りに到着し、ここでチョーチンを借りて無事わが家へヤツ子を案内することができた。
ヤツ子は信二の四ツ這いには呆れたが、ついに人家に到着した根気と勇気には感服した。チョーチンの明りでチラと見たところでは、両膝から血をたらしている様子である。妖しい呼びかけを発するので色キチガイかと思ったが、真ッ暗闇で悪いこともしないので、案外紳士だなと見直した。そこで信二の家に到着したときには、親しい家へついたようにホッとしたばかりでなく、明るい電燈の下で再見した信二には今までとは別人の親友のようななつかしさも感じたのである。
ヤツ子はひどく虚無的だった。キャバレーでどこかの社長とのんで、どこかへ連れこまれたりした時なぞ虚無的だったが、そのニヒルにも人間の何かがあった。今日のニヒルには人間がない。バカバカしいのだ。芋のニヒルだ。全然カラッポである。
「ボクの母が一しょに食事したいそうですが」
「イヤよ
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