したが、内心大いによろこんでいるのは信二であった。怒り、激怒。これぞ関係中の関係だ。ここに於て二人の心は深く交っているのである。怒り、憎しみ、愛、それは表面の波紋にすぎない。まず何よりも心が深く交ることが大切なのである。あとは潮時と運命の問題だ。これが彼の哲学だ。
「今日は文化祭で若い衆が飲んでますから、婦人の夜歩きは危いです」
「ほッといて下さいな」
「イエ、どこまでもお伴します」
ヤツ子はズンズン歩いたが、日がとっぷり暮れてしまうと、何一ツ見えなくて歩けない。三歩ほどうしろに相変らず信二がついてくるので、日が暮れきってみると、とにかくその存在がなんとなくタノミでもある。駅までは歩けないし、途中には宿屋もないし、どうにも馬草村へ戻る以外に仕方がないらしい。
「村へ戻って泊るしかないわね」
「むろん、そうですよ」
「アナタ、夜道でも歩けるわね」
「イエ、ボクも全然見えませんが、なんとか歩いてみますから、ボクの背中につかまって下さい」
「不潔だわ。イヤよ」
「そうですか。じゃア帯の端を長く垂らしますから、それを握って、ついて来て下さい」
信二は先頭に立って歩きだしたが、月も星も見えな
前へ
次へ
全30ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング