す」
「井田さんに申上げるの筋違いかも知れませんけど、私はね、この文化祭にバンドマスターの谷さんがなさった契約、不満なんです。バンドの人たちとケンカしたのが、そのためなんですわ。往復の汽車が三等でしょう。私だけ二等で来たのです。素人歌手のくせに生意気だと仰有るかも知れませんけど、学生のアルバイトだからむしろ誇りが持ちたいのね。みじめな思いでドサ廻りまでしたくないのです。この村の方だって、駅ぐらいまで出迎えて下さるのが当然じゃないかと思うんです。これは私だけの意見ですけどね。谷さんは卑屈よ。学生で素人でヘタだからという考えですけど、ヘタで素人で学生のアルバイトだから、せめて汽車は二等車に乗りたいと思うのよ。駅と村の往復もタクシーでやっていただきたかったんですけど、駅にタクシーがないようですから、これは我慢しますわ」
静寂な自然も三文の値打もない。抒情的感銘を唐竹割りにされたから信二も痴夢から目がさめたが、なに目がさめれば借金とり撃退はお手のもの、これぞ人生のよろこびだ。けなげにも太刀さき鋭く二等運賃を請求するとはアッパレな乙女、なんたる見事な風情であろうか。思わずその新鮮爽快な色気がぞ
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