った。昼飯の代用に蒸したジャガイモと一人当り三枚ほどのセンベイのモテナシをうけただけであるから、一行は腹の皮が背中にひッつく状態で溜息をもらす力もなく帰京した。
★
信二は自宅裏の雑木林へヤツ子を誘った。夕食までの腹ゴナシと、ついでに抒情的感銘を深く切なくしようという寸法である。
ところがヤツ子が信二の云うままに唄を軽く切りあげて会場を去ったのは、その感銘に縁のない理由からだ。谷へのイヤガラセである。今日一日は谷の顔も見たくない。出演の義務だけ軽く果して、一時も早く彼の顔の見えないところで自由の息を吸いたかった。それに、も一ツ、甚だしく唯物的な理由もあったのである。
「井田さんは文化祭の幹事なさッていらッしゃるのでしょう」
と、ヤツ子は雑木林の雰囲気にはお構いなく、甚だ率直にその唯物的な問題をきりだした。
「幹事は幹事ですが、使い走りですね。大学卒業生は農村では他国者のようなものでしてね。実権は持てないのです」
ケンソンではない。万一の場合にそなえて、おのずからの防禦の体勢。知能と関係のない特殊な頭脳の廻転だ。
「幹事ではいらッしゃるのね」
「そうなんで
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