案内した。
「私まだ歌手になって算えるほどしかステージに立たないのですけど、ファンの方って、どんな方?」
「イエ。ボクなんです」
「あら、まア」
「招待をうけていただいて光栄の至りです」
自分でコーヒーをわかしたりして、まめまめしくもてなした。
「あら、大変。もう会場へ行かなくちゃア」
「そうですね。ですが田舎のことですから、ちょッと唄って下さるだけで結構なんですよ。あとはバンドと田沼さんがやって下さるでしょうから」
「そうも行きませんわ」
「唄のあとで、またお目にかかれたらと思うんですが」
「ええ」
ヤツ子は流行歌を五ツ唄って退いた。そのまま姿を現さない。少憩してバンドと田沼は再び力演に及んだが、雨天体操場に満員鈴ナリの若い衆、
「アマッコだせえ。アマ、どうしたア」
ついに足ふみならして騒ぎだす。そこで五助が進みでて、
「エエ、会場の皆さまに申上げます。小森ヤツ子嬢は急病のため残念ながら再演は不能になりました。小森嬢に代りまして、さらに田沼先生が優美なメロディを唄って下さいます。静粛、々々」
こうして馬草村文化祭音楽と歌謡の部は無事に終ったのである。五助が楽屋へ現れて、
「ど
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