けた。そこで契約に上京した時もバンドよりも女学生歌手のフェースの方に主眼をおいて念入りにギンミしたのである。
 その小森ヤツ子がワガママを起しバンドとケンカしておくれてくるというのだから、これはうまいぞと思った。どこがうまいのか信二にもハッキリしないが、何事によらずチャンスというものは何もないところには起らない。何かがあれば、チャンスの見込みもあるから、したがって、うまいのである。モーローとチャンスの訪れを待つことは彼の大いに好むところで、半日や一日は物の数ではない。彼は文化祭の会場である小学校の門前で、モーローと小森ヤツ子の到着を待った。ヤツ子と田沼は一バスおくれて到着した。信二は進みでて、
「どうも遠いところ御苦労さまです。皆さんお待ちかねですから、田沼さんは至急会場へいらして下さい。それから小森さんにはファンの方が昼食にお招きしたいとお待ちになっておりますが」
「ずいぶんおくれちゃいましたけど、昼食の時間あるでしょうか」
「ありますとも。では田沼さん。会場はあちらですから」
 有無を云わさずヤツ子をさらわれた田沼はいぶかしそうな顔をして仕方なしに会場へ向った。信二はヤツ子を自宅へ
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