べく偉大なる博士を脅かさないやうに、特に静粛なポオズをとつて口上を述べたのであるが、結果に於てそれは偉大なる博士を脅かすに充分であつた。なぜなら偉大なる博士は色は褪せてゐたけれど燕尾服を身にまとひ、そのうえへ膝頭にはシルクハットを載せて、大変立派なチューリップを胸のボタンにはさんでゐたからである。つまり偉大なる博士は深く結婚式を期待し、同時に深く結婚式を失念したに相違ない色々の条件を明示してゐた。
「POPOPO!」
偉大なる博士はシルクハットを被り直したのである。そして数秒の間疑はしげに僕の顔を凝視めてゐたが、やがて失念してゐたものをありありと思ひ出した深い感動が表れたのであつた。
「TATATATATAH!」
已にその瞬間、僕は鋭い叫び声をきいたのみで、偉大なる博士の姿は蹴飛ばされた扉の向ふ側に見失つてゐた。僕はびつくりして追跡したのである、そして奇蹟の起つたのは即ち丁度この瞬間であつた。偉大なる博士の姿は突然消え失せたのである。
諸君、開いた形跡のない戸口から、人間は絶対に出入しがたいものである。順つて偉大なる博士は外へ出なかつたに相違ないのである。そして偉大なる博士は邸宅
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