の先生も至つて喋らぬ生れつきではあつたけれども、然し尚その職業柄一日に数時間づゝ喋り暮してゐるに比べて、この冷静なる居士ときては一日に数へる程しか喋つてゐない。然し寂念モーローの先生ほど、だらしなくはないのである。どこかしらに青春と生気があつた。
たとへば今や自動車ポンプがサイレンを鳴らして学校の前を走つて行く。するとこの冷静なる居士は何気なく研究室の椅子を離れて、もとより同僚に一言半句物言ひかけることもなく、扉をあけ、扉をしめて、去つて行く。誰しも便所へ行つたのだらうと思ふことしか出来ないのである。
ところがこの冷静なる居士は、静かな足どりで階段を降り、便所の前も通りすぎて、石段をふみ、街の方へと歩いて行く。もしも我々があとをつけてゐるとすれば、さては煙草を買ひに行くのかとこの時やうやく気がつくのである。
校門をでると、静かに右へ曲る。けれども煙草屋の前を素通りして、折からバスが来たとすればバスに乗るし、生憎バスが来なければ、尚もまつすぐ歩くのである。こゝに至つて我々が、さてはと思ひ当ることには、冷静なる居士が校門をでゝ曲る時に何気なく行く手の空を見たことゝ、彼が格子を離れる直
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