す男であった。
「僕は行く必要がないです。先生はお帰りの道順でしょうから、子供に、子供にだけです、ここへ来るように言っていただけませんか」
「そうかい。然し、君、あんまり子供を叱っちゃ、いけないよ」
「ええ、まア、僕の子供のことは僕にまかせておいて下さい」
「そうかい。然し、お手やわらかに頼むよ、有力者の子供は特別にね」
と、その日の主任は虫の居どころのせいか、案外アッサリぴょこぴょこ歩いて行った。私は今まで忘れていたが、彼はほんの少しだがビッコで、ちょっと尻を横っちょへ突きだすようにぴょこぴょこ歩くのである。だが、その足はひどく速い。
まもなく子供はてれて笑いながらやってきて、先生と窓の外からよんで、隠れている。私はよく叱るけれども、この子供が大好きなのである。その親愛はこの子供には良く通じていた。
「どうして親父をこまらしたんだ」
「だって、癪《しゃく》だもの」
「本当のことを教えろよ。学校から帰る道に、なにか、やったんだろう」
子供の胸にひめられている苦悩|懊悩《おうのう》は、大人と同様に、むしろそれよりもひたむきに、深刻なのである。その原因が幼稚であるといって、苦悩自体の
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