深さを原因の幼稚さで片づけてはいけない。そういう自責や苦悩の深さは七ツの子供も四十の男も変りのあるものではない。
 彼は泣きだした。彼は学校の隣の文房具屋で店先の鉛筆を盗んだのである。牛乳屋の落第生におどかされて、たぶん何か、おどかされる弱い尻尾があったのだろう、そういうことは立入ってきいてやらない方がいいようだ、ともかく仕方なしに盗んだのである。お前の名前など言わずに鉛筆の代金は払っておいてやるから心配するなと云うと、喜んで帰って行った。その数日後、誰もいないのを見すましてソッと教員室へやってきて、二三十銭の金をとりだして、先生、払ってくれた? とききにきた。
 牛乳屋の落第生は悪いことがバレて叱られそうな気配が近づいているのを察しると、ひどくマメマメしく働きだすのである。掃除当番などを自分で引受けて、ガラスなどまでセッセと拭いたり、先生、便所がいっぱいだからくんでやろうか、そんなことできるのか、俺は働くことはなんでもできるよ、そうか、汲んだものをどこへ持ってくのだ、裏の川へ流しちゃうよ、無茶言うな、ザッとこういうあんばいなのである。その時もマメマメしくやりだしたので、私はおかしくて
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