ぢやないか。アッパレなものだな。マリマリ御夫婦の娘にしては出来すぎてゐる。うらやましい」
「それなんですよ。先生」
 マリマリ夫人は何食はぬ顔で腹蔵なく喋らせておいて、にわかに針のある目でひとにらみした。これだから女房といふ階級は油断がならぬ。
「うちのチンピラは先生の愛読者なんですのよ。私共が説諭を加へますとね、石頭だから新時代が分らないと申しますのよ。タイタイ先生ならそんなふうに仰有《おっしゃ》る筈ないから、行つてお話うかゞつてちやうだいなんて、ほんとに先生、あさましい作家におなりですことねえ」
「アッハッハ」
「なんですか、あなた。お世辞にも笑つてあげることありませんのよ。それでもあなたは飲み代かせぎに春画を書かうなんて思ひつかないだけ見どころがあるのよ。これを清貧と申しますのよ。ねえ先生。うちのチンピラは、どんなにダラクしても、先生がついてるからいゝんですつて。先生は道徳でも法律でも釈迦でもキリストでも、昔のものなら何でもやりこめる力がおありなんだから、先生の仰有ることを信用してれば、今にコチコチの石頭はみんな懲役につれて行かれて、ダラクした天使だけの楽園がくるのだなんて、先生
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