つて見てゐられなくなるんですよ」
「アッハッハ。自然に腹の底から出てくる言葉だから仕方がない。見てくれたまへ。こんなに痩せてしまつたぜ」
むかし酒ぶとりだつたマリマリ先生はたしかにかなり痩せてゐた。人一倍美食家だからこの時世にぼやきつゞけるのも無理がない。親ゆづりの資産は封鎖され、物交の品々は家もろとも焼き払はれ、絵は金にならないときてゐるから、からくも都の一隅に見つけた六畳一間に親子三人一陽来復を待ちかねてゐる次第で、先生は絵のほかにお金をもうけたことがないから、全然つぶしがきかないのである。おまけに人に弱身を見せたくないたちだから人に窮状を見せるのが癪で友人にハガキで住所を知らせることすらやらず、むかしお坊ッちやんぐらしの頃は、娘なんか女学校を卒業したらどこかへ働かせて勝手に男を見つけさせるんだ、などゝ威勢のよいことを言つてゐたが、貧乏したらイコヂになつて、娘がどこかで事務員か何かやりたいと言つてもムカッパラを立てゝ怒鳴りつける始末だから、あべこべにひどいことになつたんだといふ話であつた。
タイタイ先生には関係もなさゝうな話だから、先生もにわかにノンビリして、
「うむ。優秀な娘
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