「先生は本当に慌て者ね。小説も慌てながら書いてらつしやるんぢやありませんか」
と言つて、マリマリ夫人は笑ひながらジロリと見たが、戦火で都落ちまでマリマリ夫人はタイタイさんとよんでゐて、先生などゝはよばなかつたものだ。妖気がこもつてゐるから、世の中で結婚した御婦人ほど怖ろしいものゝないタイタイ先生は、首をすくめた。
マリマリ嬢はちかごろ夕方になると家をでゝ十一時半か十二時ごろに戻つてくる。そのうちに酔つ払つて帰つてきた。着物をぬぐとき帯の間から百円札が三枚バラ/\落つこつたので問ひつめたところが、さる酒場で働いてゐるのださうだ。ちよッと待つてね、と言つてマリマリ嬢は部屋の隅から古雑誌を一冊ぬきだしてきたが、雑誌にはさんだ百円札を五枚ぬきだした。これあげる、そつちの三百円私にちようだい、と言つて五百円と三百円を交換して、おやすみ、と言つて布団をかぶつてねてしまつたさうだ。
「主人がふだんだらしないからこんなことになるんですのよ。おなかゞへつた、ごはんがタラフクたべたい、肉がたべたい、お魚がたべたい、お酒がのみたい、タバコがのみたい、一日中ブツブツこぼし通しなんですもの、だからあの子だ
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