「さすがだなア、タイタイ大先生は!」
 マリマリ嬢は胸のあたりをさぐつて、一服の薬の包みのやうなものをとりだした。
「時々くるお客さんがくれたのよ。神代から伝はる貴重な名薬ですつてさ」
「ほゝう」
「エモリの黒焼よ」
「エモリの黒焼か。これが」
「飲んでみる?」
「イヤイヤ。これは、たしか、飲むものではなかつた筈だ。何食はぬ顔で相手の後姿か何かへふりかける筈のものだ。惚れない人を惚れさせる薬だから、飲ませるチャンスはないのだよ」
「飲ませれば、尚きくでせう」
「四五人取揃へたあかつきに、これを飲ませるつもりかい」
「さうぢやなくつてよ。その一人一人から、私の方が飲ませてもらうのよ。なんとかならないかしら。今のところ、自信がないのですもの。先日、駅まで送らせて、手を握らせてみたのだけど、気持のわるいものなのね。なんとなく、うるさくなるばかりなんですもの。むかむかしちやつて、横ッ面をヒッパタきたくなつちやうのですもの」
「それでは、かへる」
 タイタイ先生は立上つた。三百円づゝチップをふんぱつした。
 先生はダメなのである。本性劣悪であるところへ、酔へば更に下劣だから、手を握らせて悦に
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