、そこで私が教へてあげたのよ。タイタイ先生は入学試験のときなんかに本当のことを書かないたちだつて。入学試験だの入社試験に本当のことなんか言はないものよ。だつて間に合へばいゝのですもの。間に合せのきかない時だけ本当のことを言ふのよ。相手次第で変化しろ、馬鹿の一つ覚えほど真実に遠いものはない、これはタイタイ大先生の言葉だと云つたら、とてもビックリしたわよ。自殺するのをやめたんですつて。田舎へ帰つてタイタイ先生に手紙を書くさうよ」
 タイタイ先生は愛弟子《まなでし》の前で男を下げるのは残念だと思つたけれども、思ひきつてきくことにした。
「それで君、こんな店でも、お客がチップをおくのかね?」
 これは決してマリマリ先生夫妻の心を察してきいたわけではない。男を下げてもかういふ下品な探偵根性をさらすには、まことにゲスな理由があつて、タイタイ先生はもうわが愛弟子がひどく可愛くなつてゐた。金の出所が気がゝりになつたのである。見下げ果てた心事であるが、十九の娘にそこまでは見抜かれまいと心得て、とりすましてゐる。
「君は八百円も持つてゐたさうだね」
「あら、ほんとは千三四百円あつたのよ。自分で使つちやつた
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