さう自信があるわけでもないでせう、とてもなりさうな気がするのよ。その不安、嫌悪、憎悪といふのね、これも先生のお言葉よ、察してちやうだい。悪戦苦闘してゐるのよ」
「まことに同憂の至だ。時に先刻からお客が一向に現れないが、いつもカンサンかね」
「あんまりはやる方ぢやないわね。多い時でも十四五人かな。少い日は二三人。私は知らないけど、雨の日など、一人もない日があつたんですつて。四五日前に来た学生があつたのよ、お酒の店は高くつて毎日来ることができないから自分の行きつけの喫茶店へ住みかへろつてしつこく言ふのよ。ずいぶん自分勝手ね。文学の話なんかしてタイタイ先生をエロ作家だなんて言ふのですもの。自分の方がエロなのよ。するとその翌日高等学校の生徒がのんだくれてやつてきたのよ。この坊やはね、東大の試験にスベッちやつたのよ。「国文学史上に於て価値高き十名の作家をあげよ」とかなんとかいふ問題にね、現代に於てはタイタイ先生と書いたもんでダメだつたんですつてさ。無鉄砲な子ね。一緒に来た友達が無鉄砲すぎると云つたのよ。無鉄砲なんてわけが分らないんですつてさ。本当のことを書いたんだから、無鉄砲ぢやなからう、なんて
前へ 次へ
全23ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング