らないので、非常に骨が折れた、とだけ答へた。映画をみて、さういふ感想に就てだけ論じ合ふのでは、助からない。
遠山青年は近世稀な聖人である、と、波子は堅く断定した。然し、とても一緒にくらす勇気はなかつた。遠山青年と結婚するぐらゐなら、孔子様の写真を壁にはつて、尼さんになる方を選びます、と母に答へて、怒られたのである。
もと/\波子はまだ結婚したいとは思はなかつた。二十一であつたが、二十三か四ぐらゐまで、映画だのレビューだの見て歩いたり、友達と遊んだりして、それから結婚したいと思つてゐた。どうせ、しなければならぬ結婚であるから、それまでに、あきるだけ、遊びたかつた。
結婚の話がでるたびに、波子は、この考へを、率直に、父母に語つた。けれども、葉子は、さういふ思想を眼中に入れなかつた。とるに足りぬ流行思想だと言ふのであつた。
「いつ間違ひが起るか知れたものでないから、早くかたづいてもらひたいよ」
と、あからさまに言ふのである。
そんなときの、娘の言葉などはてんで無視して、冷然と自説を押し通すときの母親ほど、綺麗に見えるものはなかつた。波子は、ほれぼれとするのである、四十五だといふのに
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