まるで、人身御供に行くやうな気がするのですもの。私は、わがまゝな、ばかな女です。もう、すこし、私に似た人を、さがしてちやうだい。おねがひよ。パパ」
 伝蔵は、むつゝりと、をしだまつてゐた。
「その話は、東京で、お母さんと、三人で、きめよう」
 ほどへて、たゞ、それだけ答へた。
 まもなく、彼は、部屋の片隅に、すゝり泣く波子に気付いた。
 はじめて、父に、涙を見せる波子であつた。伝蔵は途方にくれたが、やがて、忽ち、意地の悪い大人になる。入り代り立ち代り現れてくる亡者達に応接する同じ大人になるのであつた。
 涙ぐらゐで……彼は思つた。たかゞ、女の、涙ぐらゐで。この良縁をさう簡単にあきらめることはできない。女の涙はぢき、かはく。女は、泣いたことすら、覚えてはゐないものだ。否応なく、結婚させてしまはなければ。――彼の心に、けだものが、見境もなく、たけりはじめる。
 瞬間、彼は、やゝ、眼に憎しみをこめて、すゝりなく波子を突きさす。
 明日は、東京へ、帰らう、と、思ふ。切支丹の娘達が殉教したといふ島。然し、波子は、死にはしない。この良縁が気に入らないとは、憎い奴だ、といきまいてゐる。



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