きり、分るのは、多分、それだけであらう。だが、公園のベンチにゐても、やつぱり、人は、ひとりぽつちに変りがない。石を拾つて投げる。コロ/\ころがり、子供の足にぶつかり、汚い水面へ落ちこむ。面白くも、ないのである。
 浅草へでゝ、知らない雑踏にまぎれる。人波につきあたり、人波をくゞりぬける。ふと、スリに就て、考へた。もし、自分が、スリであつたら。……
 レビューと映画を見て、家へ帰つた。
 その夜、波子は、自分のために涙を流す母の顔を、はじめて、見た。
 葉子の母、波子にとつては祖母に当る人であつたが、それは、女に珍しい豪放な人であつた。孫の波子を愛し、波子のために面白くもない宝塚へ屡々つきあつてくれて、後に、甚だファンになつたが、その祖母が、波子を評して、人に涙を見せない女、と常々言つてゐるといふ。
 涙を見せない女とは、どういふことだらう。あまり利巧な子でもないし、だいゝち、お掃除もしたがらない無性な子だが……つまり、祖母によれば、取柄といふのは、涙を見せないことだけなのだ。時々泣くことも、なきにしもあらず、であつた。それは、本人が、よく知つてゐる。祖母の評言も甚だ当にならないと波子は
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