が、たしなめる。波子は笑ひだす。窓外は、春の花曇り。眼をとぢると、眼をつきぬけて、蕭々と風が吹いてゐる。さうして、波子は、風を見た。知らない人の心をつなぐ、暗い、ものうい風を見た。その風の吹き当る涯がない。その風につながれた心と心のむすぶことがないやうに。
大原の寂光院へ行つたとき、それは四月の始めであつたが、もう祇園では花見のよそほひであつたのに、雪がチラ/\降りだした。
手をあげて合図をすれば、バスはどこでも止つて乗せてくれるといふ話であつたから、清流づたひに、八瀬へ戻る道を歩いた。雪がチラついてゐるといふのに、伝蔵は無理な風流が好きなのだ。比叡の山々は、たれこめた雲にかくれて、半分も見えなかつた。
渓流がまがる所に茶店があつて、素朴な立札があり「ちよつと休んで行かしやんせ」と書いてある。ちやうど、そのとき、渓流の藪のなかで、泌みるやうに冴えた声で、鶯が啼いた。たれこめた雲、冷え/\と流れる山気、さうして、渓流にふりこむ雪。けれども、それらの鋭い冷めたさにもまして、さらに冷めたく冴えきつた鋭く目覚ましい一声だつた。
伝蔵は、立止つて、首をひねつた。
「おい、ちよつと……」
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