くれるのだから、まさしくヤッカイになったと言わざるを得ないのである。中には道のない山中へ一しょにふみこみ、山腹の木の根を伝い岩をよじて、私はまさに死の瀬戸際まで追いつめられた感があったが、ために医者にかかった運転手までいたのである。運転手の献身的な行動は、一ツは長瀬旅館の配慮によるもののようでもあった。
 高山市内を案内した運転手は一風変っていた。彼は私の命じた遺跡や神社以外のところで時々車をとめた。ここに仏像があります、とか、仁王様があります、と云いながら。私が思いもよらぬヒダのタクミの名作に接したのは、この運転手のおかげによるものであった。のみならず、それらの名作は彼以外の案内人、たとえば郷土史に通じている文化人に案内をたのんでも、そこへ案内してくれたかどうか疑わしい。なぜなら、後日山中へわけこんでロッククライミングの難路をあえいでいるとき、それまでメモをつけておいた大事の手帳を失ってしまった。そこで失われたメモを復活せしめるために土地の然るべき文化人に私の忘れた寺の名、タクミの名作の所在の大雄寺(ダイオージとよむ)の仁王というのを訊いても、なかなか分らない。それは彼らが物を知らな
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