仏像であったのだろう。
円空などいう坊主の作は、とても、とても、こうは行きません。雲泥の差です。私は千光寺で彼の多くの作を見た。彼も、世をすて名をすてたかのような坊主であるが、意識的にそう装うている心境の臭気は作品にハッキリ現れている。その作品がいかにも世をすてた人の枯淡、無慾の風格をだそうとしているだけに、実は甚だ俗悪な慾心や気取りが作品のクモリとなってむらだっている。いろいろな俗な饒舌で作品を補足しようとする言葉の数々が目にしみてイヤらしい。
国分寺の観音サマや薬師サマには作品を補足する一言もありません。この仏像は全然無言で、自分を補足するような一ツの言葉もないのです。余分な、ナマな観念が一ツもありません。その美しさに見とれるだけでタクサン。スガスガしいほど言葉がなく、クモリも、チリもとめないのです。
また、この寺には、タクミの自像が二ツあります。一ツは烏帽子をかぶって、明らかにタクミの自像として伝えられていますが、もう一ツの僧形で、ケサをまとい、この寺の出ボトケとしてこれに手をふれると病気が治るというような御利益用に用いられ、つまり仏像として用いられています。しかしケサをまとうているけれども、これもタクミの自像らしく、さもなければ、この寺の何代前かの住職の像かな。
足利時代の作と伝えられているが、一方はタクミ自像とある通り、この顔がタクミの顔、ヒダの顔であるのは云うまでもない。やっぱりコブコブが寄り集って作っているのである。
大雄寺の山門の仁王様は、私が見た限りに於ては、日本一の仁王様である。
身の丈、三尺五寸ぐらい。だいたいチッポケな山門なのだ。寺に至ってはさらに貧相なつまらない寺だ。それにしても、とにかく山門をつくったから、お前ひとつ、仁王様をつくらんか、という次第で、山門なみにチッポケな仁王でタクサンだぜと念を押されて出来上ッたようなノンキな仁王様なのである。
一方は出来そこないの横綱が威張り返って土俵入りをしているような仁王様だ。ダブダブした腹の肉がたるんでダラシがないこと夥しいが、大いに胸をそらして両の手をぐいと引いて、威張りかえッて力んでいる。
一方の仁王様は、ちょッと凄んだ顔をしてみせたのはいいが、どうも年のせいか、息ギレがしていけねえ。しかし、どうだ、こうやって、こう、にらむ。年はとっても、このオレの凄味を見ねえ。ナニ、だらしな
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