た。それがかえっていけなかった。影に怯えて、半病人であった。
四日目に刑事が礼をつくして彼の指紋をとりにきたが、彼の心には無実の人の自信や平静さが全く失われて、ジリジリと追いつめられる真犯人の焦りが彼の心境にほかならなかった。
大都会の老練な刑事なら、真犯人というものはかえって平然と空とぼけて見せるものだ、こんなに度を失って逆上しているのは無実のせいだ、ということを見てくれたかも知れないが、田舎の刑事はそれをアベコベに判断して、真犯人に間違いなしと、去り際の挨拶には益々不気味なほど鄭重に薄気味わるい微笑をのこして去った。人見はただワナワナとふるえるばかりで、ろくに口も利けなかった。
彼の指紋はハートのクインの札に確認された。しかし、まだ容疑者として逮捕されはしなかった。出頭をもとめられて、一応事情を聴取されるに止まった。彼はいくらか冷静をとりもどした。
警察が彼に対して慎重だったのは、一つにはこの容疑の手掛りが警察の働きによって得られたものではなく、地方新聞の特ダネとして先行されたせいもあった。そして新聞がこの特ダネを得たのは無名の投書が発端であることは、その報道で明かにされた
前へ
次へ
全27ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング