断言を怖れているのかと人見は思った。そして彼も花井の顔を見るのが気の毒で、彼の方もとッさに顔をそむけるような始末であった。
 ところが、その晩のことである。毛里という県都の新聞の特派記者が訪ねてきた。そしてその晩行われた一問一答は、やがて新聞に次のように報ぜられた。
「殺人の行われた日の夕刻あの部落を通りすぎるのを見たという者があるが」
「それはデマだ」
「何人も証人があるが」
(診療日記を調べたのち)
「あの部落のも一ツ奥の落合というところに急病人があって往診に行った」
「帰宅したのは何時ごろか」
「夕食をよばれてから辞去したが、おそくとも八時半ごろには帰ったと思う」
「兇行はその日の夕刻から夜半までの間と発表されているが」
(蒼ざめて無言)
「翌朝兇行の現場へ行ったか」
「里村巡査に頼まれたから行った。村で唯一人の医師として当然のことだ」
「現場に唯一人で居たことがあったか」
「里村巡査が電話して戻るまで、彼の依頼によって一人で残った」
「そのとき何か拾ってポケットへ入れたそうだが」
「デマも甚しい」
「多くの証人がそれを見ている」
「証人の名を言いたまえ」
「多くの少年がそれを見
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