人が人見である場合には、それが唯一の物的証拠であった。一同は血眼で探した。しかし、どこにも見当らない。その最中に、花井と平戸先生が喚ばれてきた。昨夜の対決の様子を念のため証言してもらうためであった。
 トランプの紛失ときいて、平戸先生はふと何事か気がついた様子であった。
「ハートのクインでしたかしら?」
 誰にともなくふと訊いた。警部はそれを聞きもらさなかった。
「そうです。ハートのクインです。何かお心当りがあるようですね」
「いえ、つまらないことなんです」
 平戸先生はあからんで弁解した。
「子供の詩を思いだしたのです。仁吉という子の六年の時の詩だったと思いますが、校友雑誌にのった詩があるのです。その題がたしかハートのクイン」
「覚えてらッしゃいましたら、おきかせ下さい」
「覚えてはおりませんが、雑誌は家にありますから、お見せしましょうか」
 そこで平戸先生は雑誌をとってきてその詩を示した。まさしく題はハートのクインであった。

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オレの魂のハートのクインよ
オレをねむらせてくれよ

きのうは泥棒
きょうは乞食よ
人にも犬にも憎まれ者

昨日も今日も腹がすき

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