夢中に走っていた。花井から逃れたかった。しかし、花井は逃さなかった。
 彼女は自宅に駈けこむと、花井が同時に駈けこんだ。彼女は息も絶え絶えであったが、花井はなんでもない顔で、息が切れていても、それが当り前の人生だというような落ちつきを示していた。
「僕はあなたに感謝したかったんです。僕が潔白であることを信じていて下さったということ、実にありがたかったです。それにしても、彼がついに無言の告白を示して卒倒したのは、あなたの優しい心に刺戟が強すぎたのですね。お気の毒でした。僕は彼が真犯人だということをあなたに語りたいと思っていましたが、こんなに刺戟的にそれが行われることを望んでいたわけではありません」
 彼女はその言葉を聞き流して、無言のまま室内の奥まで歩いて行って、起きてきた母親に云った。
「花井先生に帰っていただいて。殺してやりたいほど憎らしいわ。ぞくぞくするほど汚らしい人生を見せてくれたのよ。なんて、けがらわしい……」
 涙があふれてきた。

          ★

 翌日、人見は捜査本部へ喚びだされた。警部の横に毛里が肩をそびやかして控えていた。彼の指金《さしがね》であることは云う
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