は一人の連《つれ》があるのです。しかしこんな小うるさい存在も一寸ほかに見当らない程で、私としては常に黙殺してゐるのですが、ともかく緋奈子は私の愛人と呼ばるべき関係に当りますので、この人を言ひ出さないわけにも行かないのです。かといつて、私はここに、私は果して緋奈子を愛せりや否やといふ論題に就て批判的に弁論する学徒的意志は毫も持ち合はさないものですから、極めて簡単に目下の感覚のみを言ふのですが、私は緋奈子がうるさいのです。何故といつて、ただウルサイのが事実ですから、何としてもただウルサクテ堪らないのです。別にそれは、緋奈子が日夜私をうるさく散歩に誘ふからではないのです。なぜならば、其の時私は単に唇を軽く上下せしめることによつて、「俺は行かないよ」と発音すれば、それはそれなりに終るからです。
「散歩した方が体躯にいいのよ」
「君一人で体躯をよくしたまへ」
「そんなにあたしがうるさいの……」
 そして緋奈子は時々思ひ出したやうに、ある時は日蔭に、ある時は日向に、泣きはぢめるのです。といつて、それだからウルサイわけではないのですが……。それでは何故にうるさいのかといつて――別にウルサイからウルサ
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