るわけはないのですが、今ではあきらめて、まるで外出する気持にもならないのです。それは確かに退屈千万で堪へ難いのでありますが、たまさかに外へ出てみる気持にもなると、その気持に成つただけが尚更に負担で、全くガッカリしてしまふのです。
此処は太平洋に面した、とあるささやかな漁村ですが、私の部屋には、ひろびろと海に展かれた一つの窓があるのです。晴れた日は、窓に広い水平線が動き、白い小さな帆が部屋の余白を居睡りながら歩いて行くのです。陽射しを受けた部屋の畳に、沖の波紋が透明な模様を描きながら、終日ゆらゆらと揺らめいてゐるのです。黄昏、時々お饒舌《しゃべり》な雲が速歩《はやあし》で窓を通つて行くのですが、私の胃の腑にも柔かな饒舌が其の時うとうとと居睡りに耽つてゐるのです。そして雨の日は――雨の日は、朝の目※[#「目+星」、第4水準2−82−9]《めざ》めに煙つた沖を眺めながら、寝床の上で私の体躯を真二つに割ると、私の疲れた脊椎に濡れた海藻がグショグショ絡みついてゐて、白いシイツまで悲しい程しめつぽい。私の脳漿には、日を終るまで、暗い沖の冷い雨脚が煙つてゐるのですが……。
言ひ遅れましたが、私に
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