れも木ノ葉天狗というのに似ていた。
 二階から、少年を先頭に、娘、バアサンの順で駈け降りてきたが、木ノ葉天狗を認めると、少年はおどろいて立止って、
「やア、ジイサン、出てらア。珍しいな。山じゃアなかったのかい。オイラはまた、誰もお客さんを迎えてやる人がないと思って、出迎えにでてきただよ」
「アッハッハア。ジイサン、旅館の主人でねえか。コンチハしなくては、いかんべい。ただ突ッ立ッてるだけでは、いかねえな」
 バアサンにこう云われたが、木ノ葉天狗は意に介した風がない。三人が靴をぬぎ終るとクルリと振向いて階段を登りはじめたのは、ついてこいという意味であった。しかし、実は日本語も知っているし、案外話好きでもあったのである。
「なんで、来なすッたね」
「石器やホラ穴を見学いたしにな」
「その袋、ワラジかね?」
 彼はリュックサックを指して、奇妙なことを云った。梅玉堂が返答しかねていると、木ノ葉天狗は説明して、
「石器のあるところも、ホラ穴のあるところも、ただでは行かれないところだね。キャハンにワラジばきでなければダメだね。靴はダメだ。洋服も、二三べんはころんで泥だらけになるのを覚悟に着古したのを着ていくのが何よりだね」
「いま私たちが来たような道かね」
「阿呆な。あれは立派な道さ。ホラ穴や石器へ行くには道がない。手を外したり足をすべらせると、谷底へ落ちて死んでしまうところだ」
「いったい、行けるのかね」
「今まで落ちて死んだ人もいないから、お前様方も、大丈夫だろ。オレは山の仕事があるから案内はできないが、この山のことなら何から何まで知っている年寄りを案内人に頼んであげよう」
「ありがとう」
「ここは鉱泉で、ワカシ湯だから、入浴は朝の七時から夜の九時までだが、日中はあの滝にうたれた方がよい」
 木ノ葉天狗は窓から見える滝を指した。大人の背丈の三倍ぐらいの滝であった。水量はかなり豊富だ。そして滝壺が広く、岩と木々にかこまれて美しかった。
「あの滝にうたれる?」
 木ノ葉天狗はうなずいて、
「あれが、黒滝だ」
 その黒滝を知らない人はないものと心得ている言い方であった。そして、それを云い終ると、立って、黙って、立ち去った。
 まもなく、この山のことなら何から何まで知っているという道案内の年寄りを紹介のためにつれてきた。その老人は木ノ葉天狗とはアベコベに、おかしいほどマン丸い顔であった。その顔全体がシワだらけで、安物の赤いノリでつつんだお握りのようであった。木ノ葉天狗もお握りも先祖代々この山中の住人だそうだ。
 三人の考古学者はあとで噴きだして、語り合った。
「この旅館は全然原始人の経営ですね」
「それにしては、自家発電もあるし、ワカシ湯もあるし、進取の気象に富んでるじゃないか」
「それでいて、滝にうたせようッて気持が分らないわね」
「そこが本能のアサマシサですよ。自家発電のかたわら、石器も用いているかも知れないねえ」
 こうして、黒滝温泉の生活がはじまったのだが、それはもう、いきなり別世界へ叩きこまれたように異様なものであった。

     ややロマンチックに

 まっさきに一風呂あびてきた一夫は上気して、やや夢みるような面持で戻ってきた。彼はいま経験したばかりのことを思いだすのに骨が折れそうな風に物語るのである。
「お風呂に娘と少年がいたんですよ。ボクもね、チャーチル会をマネたわけじゃないけど、会員組織で油絵だのヌード写真だのやってるから女の裸体は見つけてるんですよ。だけどね、ボクという若い男性の前で、まるで着物を着てる時と変りのない当り前の様子で、全裸の姿を惜しげもなく見せている娘なんて、いやしませんでしたよ。平気で裸体を見せる女はいますけど、その場合は、平気という構えなんですね。裸体を意識しての平気なのです。あの娘は違うんです。着物を着てる時と同じように、自由なのです。澄みきってるのですね。無邪気というよりも、利巧なんでしょうね。とびぬけて利巧なのだと思いましたよ。それに、すばらしく美しいですね。顔ばかりじゃなく、身体全体が……」
 熱病にとりつかれたような様子である。初音サンはよろこんで、
「そうお。彼女はそんなに大胆不敵? 私も、やろうッと」
 タオルや化粧道具をつかんで急いでお風呂へでかけた。美女観察のためでもあるらしかった。ところが彼女は怒って戻ってきた。
「私が行ったらね、彼女はもう着物きてるところだったわ。変に私を見つめるのよ。そしてね、お姉えチャン美人ねえハイチャ、だって。バカにしてるわよ」
「初音サンの態度が悪いからさ。物見高い気持を利巧な彼女に見破られたのさ」
「なにが物見高いのよ」
「まア、止しなさい。私も一風呂あびてこよう」
 と梅玉堂もタオルをぶらさげて出かけたが、廊下にそれを待っていたように娘と少年が壁にもたれ
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