なもの、拾って喜んでいたくせに」
「見よう見マネでいくらか興味を持ったことがあるだけだよ」
「それだけあればタクサンですよ。さッそく旅行の目的地をきめて下さい。あまり遠くなくて、しかし、原始的な大自然の中の、しかも温泉があれば何よりですね」
梅玉堂は内々大そう嬉しかった。倅の奴、アプレの手に負えないノラクラ大学生だと思っていたが、大そう親思いの孝行息子じゃないか。とにかく、よくやった。この絶好機に初音サンの心を捉えなければならない、と心に期して、その夜は明方ちかくまで旅行案内書や地理歴史考古学等の書物をひッくりかえした。
家業は人まかせで生涯のヒマ人だから、競馬もやる、釣もやる、絵や文学にもこる、たしかに考古学なぞにもチョッピリ興をいだいたりもした。何から何まで一知半解であるが、チリもつもれば何とやらで、一知半解のウンチクは頭にあふれ、書物は書斎にあふれている。あれでもない、これでもない、と寝もやらず探すにはオアツライ向きにできていたが、神様もその心根を憐れみ給うたのか、明方ちかくなって、
「これだ。これがいい!」
と膝を打って叫ぶようなのが見つかったのである。それが運命の黒滝温泉。関東のさる名山の山中深きところである。その温泉の海抜は七百九十何メートルとある。その附近の山中からは非常に多くの巨大な石器が発掘発見されている。その巨大なこと。大きな石ウスとか、舟の形をしたものとか、または何用に供したかワケの分らぬ巨石とか等々々。また、あたりは無数の瀑布にかこまれ、大なるは二十余丈、また底の知れないホラ穴もあるし、集団的な古代人の居住趾もあるらしい。それらはいつの頃か無名の人々に発見されたままで、学界にかえりみられもせず、名のある人に調査されたこともない。一知半解のウンチクも馬脚を現す心配がないばかりか、ことによると、彼ですらも何かの新発見ができるかも知れない処女地のようであった。
一夫もそれをきいて、よろこび、
「温泉旅館は必ずあるんでしょうね」
「そのあたりには霊泉が散在していて、各々旅館はあるらしいよ。ただ、自炊客を主とす、と書かれている」
「それじゃア、ウィスキーや御馳走をウンと持ちこみましょう。ロマンチックにやりましょう。ウンと気分をだして下さい」
いろいろ用意をととのえ、黒滝温泉に向って出発した。
原始の宿
国鉄から私鉄に乗りかえて山の登り口の侘しい町で降りた。駅前のタクシーに黒滝行きをたのむと、運転手が頭をかいて、
「今日はバスが運転中止でしてね。雨が降るとバスが通れなくなるんですよ。だからハイヤーもムリなんですがね」
「せっかく東京から学術調査に来たんだからムリしたまえよ。こちらは考古学の大先生、この御婦人が助手で、ボクがチンピラ弟子のカバン持ちさ」
出発前に旅行中の身分を定めてきたのである。万事ロマンチックにいこうという精神であった。
「そうですか。そういうお方なら、この土地のためですから、やりましょう。しかし、黒滝まではハイヤーは登れません。バスの終点から四キロぐらいまでは登れますが、あと一キロほどは歩いていただかねばなりません。相当の山道ですよ」
バスが運転中止というだけあって、大変な悪路であった。バスのタイヤの跡が一尺以上めりこんでいる。車の速力よりも歩く方が速いところが何箇所もあって、そのたびに先廻りして自動車を待ったり、後を押したりしなければならない。車の行ける限度まで登ると、そこからは瞼しい山道を谷底へ向って下るのである。
「二三丈の大蛇かムカデでも現れそうな道だね。こんな大荷物を背負ってくるんじゃなかったなア。すこし分散しましょうか」
「カバン持ちの義務だから、ダメよ」
一夫は歯をくいしばって一キロの難路を歩かなければならなかった。ロマンチック用の食糧を山とつみこんだリュックだから、大変な重さなのだ。
「この道は熊や鹿の歩く道ですよ。温泉客の通る道じゃないね。この道幅の細さから考えたって、黒滝温泉てところには、ここ二三年お客が一人も来たことがないんじゃないかと思われますよ」
まったく、そう推論してもよいような難路であり、小径であった。
谷底に滝がいくつもあった。そして、そこに一軒の旅館があった。一列にしか歩けない吊橋を渡るとその旅館である。
「オ! 電燈がついてる! 自家発電だ」
「ア! 一組のお客がいるわ!」
二階の窓から、オバアサンと二十前後の娘と小学生の少年が手をふって迎えている。一夫は眼をかがやかして、
「なかなか美人の娘じゃないですか。ヒナには稀な」
「近くで見ると、どうかしら」
「遠望に限るのかな。油絵だね」
今までまったく見なれない異様な人相の老人が黙って出迎えた。オデコが広く、鼻とアゴが細く尖っている。そして顔は赤銅色で、鳥類、もしくは天狗、そ
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