がきこえたかい」
「戸がしまったから分りましたが、恐縮して忍び足で逃げたんですね。あの人らしくもない」九太夫はクツクツ笑いだした。そして辻に呼びかけて、
「ね、辻さん。私もこんなことだと思いましたよ。せんだって私の一人言を他人の声とカンちがいしたのを見た時からこの実験の結果だけは分っていたんです」
「あら辻さんですか。部屋を出なかったのね。道理で跫音がきこえないはずだ」
「なるほど面白い実験でしたね。しかし益※[#二の字点、1−2−22]わけが分らなくなりました」
「それなんですよ。あの奥さんは能もやれば長唄もやる。声の変化は楽にだせる人です。男の作り声ぐらいは楽なんですね」
 オツネは辻以上にびっくりして、しょげてしまった。「それじゃアあのとき私がきいたのは奥さんの作り声ですか」
「そうだと思うね。だからお前さんは戸のしまる音はきいても、戸のあく音はきかなかったと思うね。おんなにノロノロと壁づたいに長の廊下を道中してくれば戸のあく音はきこえるはずだが、つまり戸はたぶんお前さんが別館をでる前からあいてたのだ。そしてお前さんを待っていたのだろう。戸がしまれば立ち去る音はきこえなくともどう
前へ 次へ
全37ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング