れない、と呻くようにつぶやいて、どこかへ出かけましたのです。でね、ぼくは荷物をまとめて逃げだしてきたんですよ」
「意外きわまる話だね」
「あのウチにはまた何か起りますよ。とても怖しくて居たたまらなくなったんです」
完全に信じうるものをも疑えというのが、これも探偵小説の第一課だ。爺さんのアリバイは完全だった。疑う余地がなかった。しかし人為的に完全なアリバイをつくることも不可能ではないはずだ。
辻は乃田家へ急いだ。爺さんはよいゴキゲンで引越しの荷造りをしているところだ。辻の顔を見ると爺さんが先に声をかけた。
「やア、新聞屋さん。あの小僧の注進がありましたかい」
「まさにその物ズバリだね。二百万円の退職手当だってね」
「そうなんです。なんしろこちらへ御奉公してかれこれ三十七八年ですからね。よそはそれ以上の退職金をだしますよ」
「そんなことを人の耳に入れなくたっていいじゃないか」
「自慢話ですよ。正式にいただいたものを隠すことはないですよ」
「真夜中に窓の戸をたたいて秘密にいただき物をしてもかい」
「下郎は庭から廻るものと相場がきまったものですよ」
爺さんの言葉や顔にはおどろいた様子がな
前へ
次へ
全37ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング