きなところへ行くがよい」
と、さとして許しを与へてやると、牛は大変よろこんだ様子で、どこともなく行つてしまつた。それからはもうこの牛を見かけた者がない。
ある日のこと和尚が用たしにでて隣村を通ると、牛になつた男の女房だつた女が川で洗濯してゐるのを見かけた。この女は男が死ぬと何日もたたないうちに別の男のところへお嫁に行つて暮してをり、今しも男のフンドシを洗濯してゐる。
「やア、相変らず御精がでるな、いつも達者で、めでたい」
と、和尚は川の流れのふちに立止つて、女に話しかけた。
「オヤ、和尚さん。こんにちは。いつも和尚さんは顔のツヤがいいね」
「ウム、お互ひに、まア、達者でしあはせといふものだ。ところで、つかぬことを訊くやうだが、お前さんはこの一月ほど、牛がでて、そのなんだな、蹴とばされるやうな夢をみなかつたかな」
「なんの話だね。藪から棒に。和尚さんは人をからかつてゐるよ」
「いや、なに、ただ、牛の夢にうなされたことがないかといふのだよ」
「そんなをかしい夢を見る者があるものかね。ほんとに意地の悪いいたづら者だよ、和尚さんは」
女は馬鹿みたいにアハハアハハと笑つた。和尚はてれて、
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