げに気の毒な様子であるから、和尚も不愍《ふびん》になって、まだ三年あるのに、もったいないことだと思ったが、毎晩キンタマを蹴られるのも迷惑な話だから、まア、このへんで勘弁してやるのも功徳《くどく》というものだろう、と考えた。
「まだ三年もあるのだが、見れば涙など流して不愍な様子だから、特別に慈悲をしてやろう。こんな慈悲というものは、よくよく果報な者でないと受けられるものではないが、それというのもお前の運がよかったのだから、幸せを忘れぬがよい。さア、好きなところへ行くがよい」
 と、さとして許しを与えてやると、牛は大変よろこんだ様子で、どこともなく行ってしまった。それからはもうこの牛を見かけた者がない。
 ある日のこと和尚が用たしにでて隣村を通ると、牛になった男の女房だった女が川で洗濯しているのを見かけた。この女は男が死ぬと何日もたたないうちに別の男のところへお嫁に行って暮しており、今しも男のフンドシを洗濯している。
「やア、相変らず御精がでるな、いつも達者で、めでたい」
 と、和尚は川の流れのふちに立止って、女に話しかけた。
「オヤ、和尚さん。こんにちは。いつも和尚さんは顔のツヤがいいね
前へ 次へ
全23ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング