どい重病で、とても助かる見込みがない。今日か明日かという容態であった。
「これはとても駄目だ。もう薬をあげたところで、どうなるものでもない。定命《じょうみょう》は仕方のないものだから、心静かに往生をとげるがよい。それに就ては、お前さんの婚礼に二斗のお酒が貸してあったが、あれを返さずに死なれては困る。さればといって、見廻したところお前さんのところにはカタにとるような品物もないが、それでは仕方がないから、死んでから牛に生れ変っておいで」
「なんで牛に生れなければなりませんか」
「それは申すまでもない。この容態ではとてもこの世で酒が返せないのだから、牛に生れ変ってきて、八年間働かねばなりませんぞ。それはちゃんとお釈迦様《しゃかさま》が経文に説いておいでになることで、物をかりて返せないうちに死ぬ時は、牛に生れてきて八年間働かねばならぬと申されてある」
「たった二斗の酒ぐらいに、牛に生れて八年というのはむごいことでございます。どうか、ごかんべん下さいまして」
「いやいや。飛んでもないことを仰有るものではない。ちゃんと経文にあることだから、仕方がないと思わっしゃい。それとも地獄へ落ちて火に焼かれ氷
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