のから脱けだすことは出来ないようだ。
 農村には今でも狸や狐が人をばかしたり、河童もいるし、それどころか、我々の世界にはすでに地頭はいないけれども、農村にだけはまだ例の到るところの土をつかむ地頭も死なずにいる。だから、私がこれから一つの昔噺《むかしばなし》をつけ加えても、現代に通じていないことはない。農村は昔のままだ。それは土が昔のままで、その土を所有しているからである。だから、この噺は土の中から生れた噺なのだが、それなら、農民が土を私有しなくなったらこんな噺はなくなるかというと、然し、農民が土を私有しなくなる、ところが、困ったことに、農民が土の怨霊《おんりょう》から脱けだす時がきても、人間という奴が、死んだあとでは土の中へうめられて土に還ってしまうので、どうも、これは、困った因縁だ。結局、話が人間ということになっては、私の屁理窟やおしゃべりはもう及びもつかない。とにかく私は予定通り、土の中から生れて来た小さな話を書きたしておこう。


 昔々あるところに(紀州名草郡桜村などという人がある)物部麿という百姓があった。ほかにとりたてて悪いところはないのだけれども、酒が好きだ。それから、女
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