平茸《ひらたけ》がいっぱいつめこんである。顔を見合せていると、谷底から声がきこえて、その平茸をあけたら早く空籠を下してよこせ、まだか、おそいぞ、と言っている。そこで再び旅籠を下してやると、今度は重く、ようやく引上げてみると、殿様は片手に縄をしっかとおさえてドッコイショと上ってきて、片手には平茸を三総ほどぶらさげている。いや驚いた、慌て馬のおかげでとんだ目にあうところだった、落ちるうちに木の枝と葉の繁みの中へはまりこんで手をだしたら初めの枝は折れてつかみ損ねたが、二本目、三本目にうまくひっかかって木の胯《また》の上へうまいぐあいに乗っかることができたのさ。それにしても平茸はいったい何事ですか。いや、それがさ、木の胯へうまいぐあいに乗っかってみると、その木にいっぱい平茸が生えているのだ、見すてるわけに行かぬから手のとどくところはみんな取って旅籠につめたが、手のとどかぬところにはまだいっぱい残っている。旅籠につめたのなどはまことにただの一部分で、いやはや、何とも残念だ、実にどうもひどい損をしてきた、心残り千万な、といまいましがっている。郎党どもが笑って、命が助かっておまけにいくらかでも平茸を
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