彼はグズ弁とよばれているが、世間並にグズだと思ったら、彼にしてやられるであろう。彼はなるほど目から鼻へぬけるようなところはない。そして、そういう人々にバカにされ易いタイプであった。
たとえば彼が兵隊生活をしていたとき、目から鼻へぬけるような人物でも官給品の盗難にあう。するとそれを補充するために目をつけるのはグズ弁の所持品で、つまり人々はグズ弁とはしょッちゅう目から鼻へぬける人々のギセイになっている哀れな存在のように思いこんでいるのであった。
しかし、実際はグズ弁がギセイになることはめッたにない。なぜなら、彼自身がそういうハメになり易いことを生れながらに知っていて自然に防ごうと努めている強烈な本能があるからで、そのオドオドした本能のために一そうグズに見えたけれども、その本能と用心があるために、実際に被害をうけることは殆どなかったし、また被害をうけた場合には、誰一人知らないうちにそれを補充して何食わぬ顔をしている天分があった。誰もその天分を知らなかった。なぜなら、そういうことのできないグズだと思いこんでいたからである。彼はグズだと思われ易いことを活用する本能すらも持っていた。
それ
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