晩だけで、次の機会に事情が分ると、たいがいそれで再び姿を見せなくなってしまう。
 むろんサヤ当てもある。しかし孤島の女王がこうハッキリ金銭で取引きすることを明示しておけば、それは公娼の場合と同じようなもので、事実古顔同士の場合には、公娼におけるマワシのような事実が平穏裡に行われることも珍しいことではなかったのである。
 こういう女と知りながら、結婚の初志をひるがえさぬ男がいるのは変った例ではない。恋愛とは、そういうものだ。むしろこのような恋愛の方が真剣であろう。すくなくとも、グズ弁は真剣であった。
 多くの情夫が現れては去ったが、最後まで変らずに残ったのは、グズ弁と右平であった。自ら右平と名乗るけれども、たぶん本名ではないだろう。酔っ払うと、わざと、
「ウヘエ!」
 と云って、テーブルへ両手をついて平伏してみせたりする。そういう声のつぶれたところや、身のコナシがテキ屋とかそれに類する経歴を匂わせていたが、現在の職業はそれらしくはないし、また定かでない。
 しかし、金廻りが大そう良かった。それでたぶん九〇パーセント泥棒という定説を得ていたのである。
 この店へくる常連の全部は一度はミヤ子
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