うにここでも採用してもらえたことはグズ弁というアダ名だけであったといってよかろう。
彼のその運送会社では戦前からの古い運転手で、現業員の中では一番の古顔でもあるし上役でもあった。ここの現業員は会社からの固定収入のほかにも出先きでのミイリがあったから、上役の彼はその服装のヤミ屋然たる割に、ヤミ屋よりも収入があった。したがって身の上話が人々に信用されない理由もそこにあったのである。
彼の服装が粗略であるばかりでなく、むさ苦しくすらもあったのは、三年前に女房を失ったせいだ。長女が中学校を卒業して家事をやってくれるが、その下の弟妹が三人もあるのでこの若年の無料家政婦は父の身の廻りのことにまでは注意が至らない。それにミヤ子を知って以来、グズ弁の生活はガラリと一変して、家を明けることが多く、子供たちがようやく生きてゆける程度にしか生活費を渡さなかった。そのために彼と長女とはやや冷戦ぎみの関係にあった。
すべてこれらのことは彼がふじの家(それが飲み屋の名)に於て人々に打ちあけた事実であったが、誰も信用する者がなかっただけの話なのである。
グズ弁といえども、ふじの家のようなフンイキのところで、
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