てみると、夫婦二人はまさに腐った魚のように目を外へたらして血の海の中に死んでいたのであった。

          ★

 グズ弁はそれからのことは警察の独房で夢のように思いだしていた。
 すべてが絶望的だった。こういうことになるなら、なぜあのとき、すぐさま警察へ訴えなかったか。また、ともかくミヤ子を起してともに後事を相談し、しかる後に行動すべきであった。
 このときがグズ弁の持ち前の自衛本能が自然に自らを導いてしまったのである。それは兵営で盗まれた官給品をひそかに補充するには有効であったが、こういう大事の始末には、手ぬかりだらけであった。
 グズ弁は屋根裏へあがって、自分のオーバーのポケットを探した。自分のスパナーはどのポケットにもなかった。洋服のポケットも、屋根裏の隅から隅までも、さがした。スパナーはどこにもなかった。
「すると、オレのスパナーだ!」
 グズ弁はそこでテントーしてしまったのである。冷静を失いながらも、持ち前のカメレオン的自衛本能だけはうごいた。そして彼はいつも自然にそうであるように、それに導かれて行動した。
 洋服をつけ、オーバーをひッかけ、あたりに落し物はないかと
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