思わなかったが、右平がグズ弁を殺すためにつけ狙っているというミヤ子の言葉は非常に重大であること、その危険が身にさしせまっていることを感じたのである。
 なぜなら、それが右平の意志ではなくて、実はミヤ子の意志であるということは、右平が思いついた意志であるよりも、はるかに強力な実行力があることをグズ弁は理解せざるを得なかったからだ。
「ミヤ子は必ず右平にオレを殺させるだろう。そして右平を罪人にするだろう」
 それはグズ弁が右平を殺すよりも可能性が強いからだ。右平はもともと人々に泥棒人殺しと思われるほどの奴で、力も強くケンカにもなれている。そしてたぶん前科もあるし、余罪もあるに相違ない。右平の入獄の期間はそれだけ長くなろうというものである。
 この店が都会の中の孤島だということはすでに述べたところだが、それはここの住人や常連たちの心理の、場合に於て特にそうなのである。
 彼もミヤ子も、ラスコルニコフの心理だのスタヴロオギンの心理だの、というものは知らない。現代小説の心理も、現代のタンテイ小説すらも知らないのである。知っているのは、高橋おでんや、村井長庵や、妲妃《だっき》のお百なぞの事情と行為
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