屋で、人前で目立つような些少《さしょう》の行為も最もやりたがらぬ人だったのに、これだけは例外で、どうにも、やむを得ないという風だった。いつか息子の英雄君をつれて散歩のついで僕の所へ立寄って三人で池上本門寺《いけがみほんもんじ》へ行くと、英雄君をうながして本堂の前へすすみ、お賽銭をあげさせて親子二人恭々しく拝礼していたが、得体《えたい》の知れぬ悲願を血につなごうとしているようで、痛々しかった。
節分の火にてらして読んだあの石この石。もとより、そのような感傷や感動が深いものである筈はなく、又、激しいものである筈もない。けれども、今も、ありありと覚えている。そうして、毎日|竹藪《たけやぶ》に雪の降る日々、嵯峨や嵐山の寺々をめぐり、清滝の奥や小倉山《おぐらやま》の墓地の奥まで当《あて》もなく踏みめぐったが、天龍寺も大覚寺も何か空虚な冷めたさをむしろ不快に思ったばかりで、一向に記憶に残らぬ。
車折神社の真裏に嵐山劇場という名前だけは確かなものだが、ひどくうらぶれた小屋があった。劇場のまわりは畑で、家がポツポツ点在するばかり。劇場前の暮方の街道をカラの牛車に酔っ払った百姓がねむり、牛が勝手に歩
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