いて通る。僕が京都へつき、隠岐の別宅を探して自動車の運転手と二人でキョロキョロ歩いていると、電柱に嵐山劇場のビラがブラ下り、猫遊軒猫八とあって、贋物《にせもの》だったら米五十俵進呈する、とある。勿論、贋の筈はない。東京の猫八は「江戸や」猫八だからである。
言うまでもなく、猫遊軒猫八を僕はさっそく見物に行った。面白かった。猫遊軒猫八は実に腕力の強そうな人相の悪い大男で、物真似ばかりでなく一切の芸を知らないのである。和服の女が突然キモノを尻までまくりあげる踊りなど色々とあって、一番おしまいに猫八が現れる。現れたところは堂々たるもの、立派な裃《かみしも》をつけ、テーブルには豪華な幕をかけて、雲月の幕にもひけをとらない。そうして、喧嘩《けんか》したい奴は遠慮なく来てくれという意味らしい不思議な微笑で見物人を見渡しながら、汝等よく見物に来てくれた、面白かったであろう。又、明晩も一そう沢山の知りあいを連れて見においで、という意味のことを喋って、終りとなるのである。何がためにテーブルに堂々たる幕をかけ、裃をつけて現れたのか。真にユニックな芸人であった。
旅芸人の群は大概一日、長くて三日の興行であ
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