。隠岐の別宅から三十間ぐらいの所に、不思議な神社があった。車折《クルマザキ》神社というのだが、清原のなにがしという多分学者らしい人を祀っているくせに、非常に露骨な金儲けの神様なのである。社殿の前に柵をめぐらした場所があって、この中に円みを帯びた数万の小石が山を成している。自分の欲しい金額と姓名生年月日などを小石に書いて、ここへ納め、願をかけるのだそうである。五万円というものもあるし、三十円ぐらいの悲しいような石もあって、稀には、月給がいくらボーナスがいくら昇給するようにと詳細に数字を書いた石もあった。節分の夜、燃え残った神火《トンド》の明りで、この石を手に執《と》りあげて一つ一つ読んでいたが、旅先の、それも天下に定まる家もなく、一管のペンに一生を托してともすれば崩れがちな自信と戦っている身には、気持のいい石ではなかった。牧野信一は奇妙な人で、神社仏閣の前を素通りすることの出来ない人であった。必ず恭々《うやうや》しく拝礼し、ジャランジャランと大きな鈴をならす綱がぶらさがっていれば、それを鳴らし、お賽銭《さいせん》をあげて、暫く瞑目最敬礼する。お寺が何宗であろうと変りはない。非常なはにかみ
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