る身となり、満月の夜、迎への者がくることになつてゐた。その由をかぐや姫は手紙にしたため縁のない者と思つて下さるやうにと言つて、みかどがおつかはしになつた多くの御文に形見の品々をそへて御返し申上げた。
みかどはかぐや姫を月の世界へ帰さぬために近衛の兵をおつかはしになり、竹取の翁の家の庭といはず屋根といはず隙間なく兵によつてかためてゐたが、満月がかゝり玲瓏たる楽の音が中空に起ると兵士達の五体はしびれ、羽衣をまとふた迎への天女に侍《かしず》かれて、姫は昇天してしまつた。
みかどは御悲嘆にくれたまひ、御取交しになつた多くの文と形見の品々を、東海の秀峯のいただきで焼棄てたまふたのであつた。その煙が今に絶えないといふ。それで不死の山と名付けるといふ結びなのだ。
察するに、富士山は当時なほ煙を吐いてゐたのであつた。
適《たまたま》「北越雪譜」を読んでゐたら、著者鈴木|牧之《ぼくし》が苗場山へ登つた記事がでてゐた。山頂に天然の苗田らしいものがあるといふので、その奇観を見るために同好の士と登つたのである。
登るに先立つて、神職の祓を受け、案内者は白衣に幣を捧げて先頭に進んだことが書いてある。
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